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霊感は本当か気のせいか―幻覚・幻聴でも病気でもない理由とは

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このブログでは科学的に証明されていない
精神的な内容をかなり多く語っていますが、
それでも心理学の延長として考えれば
十分理屈として通じる話だと思っています。

しかしながら、「霊」とか「神」とか
そういうレベルの話になると、
理屈として通せなくはないのですが
どうしても捉えようはそれぞれになります。

ですからこれまであまりして来なかったのですが、
何となく語りたくなってきたので
今回取り上げてみたいと思います。

 

霊感があると自称する人を信じるのは難しい

「霊感がある」と自称する人がたまにいます。

こういう人に対して、
懐疑的な見方がされることは少なくありません。

「嘘を付いて注目されたいんだろう」
「ただの幻覚だろう」
「頭がおかしいのではないか」

と言った具合です。

これはわかりますね。

というより、逆に信じろという方が無理があります。

何故なら、科学で証明されていないですし、
証明をお願いしても証明することができないからです。

気のせい

幻覚・幻聴

変人

この4パターンのうちのどれかを
疑った方が確かだと考えるのは
全くおかしなことではありません。

 

しかしながら、信じない人にも
大きな問題がある場合があります。

それは、その人に霊感が本当にある
可能性自体を否定しがちになることです。

確かに、嘘であり、幻覚であり、
変人である可能性はあります。

むしろそちらの方が高いでしょう。
(相手や状況にもよりますが)

しかしながら、だからと言って
それは霊感があるという人は全て嘘
だという証明には全くならないのです。

 

霊感と幻覚・幻聴

まず一つの重要な視点として、
信じない人がその理由として挙げるであろう

変人

幻覚・幻聴

について、

嘘であったり変人である場合は論外ですが、
幻覚・幻聴については掘り下げて考えることができます。

何故なら、

「幻覚・幻聴は霊感ではない」

と直接結び付けることはできないからです。

多くの信じない人は、

幻覚・幻聴であるから霊感があるなんて嘘だ

としていますが、それはかなり強引な考え方です。

そもそも、幻覚・幻聴は
どこから来ているのでしょうか。

完全にその人の頭の中の世界から来ていますよね。

霊的な世界というのは、
想念の世界です。

想念の世界というのは、
私たちの頭の中の世界そのものなのです。

つまり、私たちは夢を見ますが、
あれも一種の霊的な世界なのです。

それがたとえ精神の病気であったり、
薬による影響であっても、です。

となると、幻覚・幻聴も霊感の一種であると言えます。

 

霊感と幻覚・幻聴のはっきりとした違い

が、実際は幻覚や幻聴というのは、
一般的には霊感とははっきりと区別されます。

霊感と幻覚・幻聴には
決定的な違いがあるからです。

それは幻覚・幻聴が「自分の頭の中で完結」
しているのに対して、霊感は「共通意識の中で存在」
しているものであるということです。

この話はまた別の記事でしているのですが、
私たちの心の奥深くには集合的無意識という、
全宇宙の存在と繋がった究極の意識があるのです。

※人間心理の仕組みについてはこちらをご参照ください。

【参考】集合的無意識・超意識下の構造とは。行動にも意味がある

 

共通意識とは、集合的無意識の中にあるイメージのことです。

つまり、全宇宙全ての存在にとっての
共通のイメージとなります。

となると、そこには目に見えないだけで、
想念の世界では明らかに存在していることになります。

 

もう一度まとめると、幻覚・幻想というのは

比較的意識の浅い部分による
自分の浅い意識の中で作り出したイメージ

であり、霊感というのは

より意識の深い部分による
全ての存在にとっての共通のイメージ

となります。

よく心霊スポットなどで
目撃される霊が同じであるのは、
それが共通のイメージであるからです。

私たちの心の奥底にある、
集合的無意識の中の想念としての存在なのです。

ですから、たとえ自分は霊感があると思っていても、
ただの幻想・幻覚を見ているだけの人もいる一方で、
共通のイメージを見ている、
本当に霊感のあると言える人もいるのです。

 

ただし、幻想・幻覚と霊感の境目
というのは非常に曖昧です。

何故なら、そもそも私たちの意識には
どこからどこまでが個人的無意識で、
どこからどこまでが集合的無意識である
という明確な区分がないからです。

つまり、ものすごく漠然とした存在であって、
そうなるとその証明などとてもできるものではない。

でも例えば多くの人が一つの場所で
同じ霊を見ていたとしたら
それは信憑性があると考えても良いと思いますし、
嘘っぽい話もあれば、
事実のように感じられる話もあります。

全てを嘘として捉えるのは明らかに無理があるのです。


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“霊感は本当か気のせいか―幻覚・幻聴でも病気でもない理由とは” への2件のフィードバック

  1. にゃん吉 より:

    こんにちわ。

    通りすがりにコメント残していきます。

    「見えない人」は、「見える人」の言葉を鵜呑みには出来ないし、「見える人」は「見えない人」が否定する気持ちを理解できないのは、普通のことですよね。

    また、それぞれ間違ってもいないでしょうし。

    私も「見える人」ですが、「見えると言う人」の怪しさを感じることの方が多いです。

    「見えない人」は、アンテナがそっちに向いていないだけで、「見えない」ことが必要だった人。
    科学が発達すれば、いずれそういうものを感知できるようになると思います。

    「見える」ということが、人間として優れているわけでもないし、それを利用して他者を惑わす人がいる。
    だから否定されても仕方ない部分もありますね。

    すべてのものは、すべての現象は個々に違うので、それを一括りにして理解しようとすれば、いつまでも理解することは出来ないでしょうから。

    • litnangm009 より:

      にゃん吉さん、コメントありがとうございます。
      人というのはどうしても考えが偏りがちですが、本当は確かなことなど一つもないんですよね。
      もちろん究極的に言えば「答え」はあるんでしょうけど、それは証明できないから結局は自分の考えに自信を持つことが限界なんだろうと思います。
      それを言い切ってしまう人は、それこそが「間違ってる人」ということになりますね。

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