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悟りを開く事の意味とは。悟りの境地に至る方法

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個人的には、仏教の悟りというのは
知っていてもあまり役に立たないと思います。

何故なら、あれは深過ぎることと、
そして使っている言葉や言い回しなど
表現が難し過ぎるために、人によって
解釈が全然違ってきてしまうからです。

ここでは、仏教だとかそういう枠を取っ払った、
根本的で、究極的な意味での悟りについて
語ってみたいと思います。

 

悟りを開く意味とは

まず初めに踏まえて
おかなければならないことは、
悟りというのは最終的に
個人的な解釈になってきてしまうのは
どうしても避けられないという事実です。

世界にはよく

「私は悟った!!」

といって自害して
生涯を終えていく人もいますが、
そんな人生の終え方が
人間の最終的な目的であったら
救いようのない話なように
感じてしまわないですか?

もしそれが正しければ、
この世の存在価値自体が
必要ないという考え方も
できてしまいますからね。

ただ本人たちの中では、考えに考え抜いて
辿り着いた境地であったりするのです。

ですから、本人たちにとっては
「それが悟りであった」
という話で良いのではないか
となるわけですね。

つまり、悟りと解釈するわけです。

 

悟りを開いた状態

ただ「悟りを開いた状態」というのは、
これは人によるところではないと私は考えています。

「悟りを開く」とは、
つまり「すべての煩いから解放されること」です。

私たちが日々悩んでいることというのは、
大半が些細なことであったりするのですが
たとえそうでなかったとしても
究極的には自分の捉え方次第で
悩む必要のないことです。

もし、自分がどんな状況に置かれても
悩み苦しまず、不幸な感情が
沸き起こることがなければ
それは「悟りを開いた状態」
と解釈しても良いのではないでしょうか。

 

「悩みのない状態が悟り」に対しての反論

「悟りを開いた状態」とは、
「全ての煩いから解放された状態」。

これは言い換えれば
「どんな状況でも悩まない・悩みがない」
ということなのですが、このように言うと
多くの反論に合うことが予想されます。

その反論の大概の内容は以下のような主旨になります。

「人間である限り、それは無理」
「そんなことができる人は精神異常者か、
現実逃避してる人か、頭のおかしい人」

もっともな意見であると思います。

実際、半分は当たっていると思います。

しかし同時に、ちょっと嫌な言い方に
なってしまうかも知れませんが、
このように思ってしまう人の多くが
弱さを抱えていることも事実です。

その理由は、これらの反論の背景には、
「自分がそのような精神状態になれることを全く想像できない」
ことがあるからです。

ともう一つあるのは、
「自分がなりたくてもなれない精神状態になって
幸せに生きている人がいると思うと、自分が損をしているように感じる」

こと。

この二つの気持ちを心理の根底に抱いている人は、
あらゆる煩いから解放された精神的境地に
至っている人の存在を信じることができないのです。

 

悩みのない精神異常者・現実逃避者

ですから、前項で述べた
「あらゆる煩いから解放された精神的境地」
の存在を信じることができないのであれば、
その時点で悟りそのものの解釈が
違ってくる可能性はありますよね。

 

また、先ほどのもう一つの疑問が
放置された状態になっています。

「精神異常者や超現実逃避者」
の中には、もう悩みがない状態の人が
いるかも知れません。

その場合、そういった人たちも
悟りを開いていると言えることになってしまいます。

これは言うまでもなく「ノー」です。

ただ、ここもまた解釈が分かれるところではあります。

どんなに周りに迷惑を掛けていようと、
どんなに現実を見ていなかろうと
その人の中で煩いがなくなっていることは
事実であるとしたら、もうその人の中では
人生は100%幸福なものになるかも知れません。

しかし、これはある意味
「たとえ完全な勘違いでもそのまま人生最後まで行ってしまえば関係ない」
と言ってるのと同じです。

また、
「どんなに悪さをしようが誰にも見つからなければ問題ない」
と言ってるのと同じです。

要するに、

この事実をどのように捉えるかが、
これを悟りとして解釈するのか、
それともしないのかの分かれ目になる

ということです。

 

ここで、これらの解釈を分ける上で
最大のキーワードになってくるのは、
「あの世」です。

例えば、もし「あの世」の存在
を信じている人であれば、
間違いなくこれは悟りとは言えない
という解釈になります。

完全に天国に行くと思われる人の
生き方ではありませんからね(笑)

逆に「あの世」の存在を全く信じていない人は、
これも一種の悟りとして解釈する人は
多数出てくるだろうと思います。

 

悟りの境地に至る方法

私が推奨しているのは、もちろん
「精神異常者や超現実逃避者」
としてではなく、

しっかりと現実をありのまま受け止めての
「あらゆる煩いから解放された精神的境地」

です。

文句の付けようのない悟りですよね。

そういう意味では、
悟りとは実にシンプルなものである
と結論付けることができます。

 

ただ、この上なくシンプルではあるけれども
この上なく難しいのではないか
と思われるかも知れません。

まあ、明らかに簡単ではないですよね。

しかしながら、私は少しずつであれば、
誰でもこの精神的な境地に
近づいていくことはできると思っています。

足並みは、それぞれなのかも知れませんが。

そのための手段として、
このブログの中で色々語っていますので
ぜひとも参考にしてみてください。

【参考】感謝の気持ちとは。言葉だけでなく心からの感謝は成長・幸福に繋がる


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