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責任感と心の余裕の関係とは。責任感がある事が良いとは限らない

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前回の記事でお話したところからわかるように、
理屈上は、本当の意味での「心の余裕」
があれば万能であり、人生において何も怖いものがなくなります。

こちら

心の余裕がないからストレスが溜まる?お金持ちの余裕はまやかし

 

もちろんそれは理屈上の話であって、
「心の余裕」を完璧に持つのは不可能かも知れません。

ですからどこまで持てるかという、
程度の問題になってくるわけですが、
それでも世の中を見渡してみると、
本当の意味で「心の余裕」
がある人とない人とでは雲泥の差がある
ということは事実としてあります。

 

例えば、非常に心の余裕がない人は
何でもかんでも他人や環境のせいにして
言い訳三昧で、自分は悪くないという立場を守ろうとします。

「自分が悪い」という状況に対して
とてつもなく大きな恐怖心を抱いているからです。

究極的に言えば、どんな問題が起こったときでも、
自分に責任が全くないなんてことはないのです。

自分の行動によってその問題を避けることが
できた可能性があるのであれば、
それは自分に責任がある
という捉え方もできるわけです。

けっこうそれを100%他人や
環境のせいにしてしまう
傾向がある人が多いのですが、
その姿勢そのものがすでに問題であって、
こうなるともう自分は改善の意志を放棄していることになります。

 

しかしながら、逆に何でもかんでも
自分のせいにする人がいます。

これは、非常に責任感が強い人です。

ではこういった人達は心に余裕があって、
「自分が悪い」という立場を受け入れる
ことができる人達ばかりかと言えば、
そうではないことはあなたの周りを
見渡してもらってもわかると思います。

こういう人達の多くは、逆に
「責任感がない自分」「無責任な自分」
に対して恐怖を抱いています。

つまり言い換えれば、少しでも
責任感のない行動を取ることが許せないのです。

要するに、取る行動こそ違って見えますが
「自分が悪い」という状況に対して
恐怖を抱いているという部分は変わらず、
本質的には何でもかんでも人のせいにする人と同じ種の存在なのです。

 

もちろん確かに、こういった人の中でも
言い訳ばかりで何もやらない人、
または自分の責任感があるアピールばかり
で実際は何もやってない人という
底辺の層の人達もいれば、
逆に実際しっかりやってるけど、
心理的にそうなってしまている人と比べた場合、意味合いは全然違ってきます。

後者であれば、周りの人達はその人のことを
あまり好きにはならないかも知れませんが
(場合によります)、認めはしますし、
頼りにもするでしょう。

しかしながら当の本人は原動力が
自分のプライドが傷つけられないように
することですので、動機の大部分は強迫観念になります。

 

ただし、誰しも自分が可愛いので、
大なり小なり自分のプライドを守ることが
動機も入ると思いますので、
その比率が重要になってきます。

つまり、本当に他者、周りの人を助けたい・
力になりたいという気持ちと、
自分のプライドを守ったり、
良いふうに思われたいという気持ちの比率です。

 

ここでポイントとなるのは、
心に余裕がある人であればある程
基本的に自分のプライドを守ったり、
良いふうに思われたいという気持ちが
小さくなってくるということです。

それだけ自分に自信を持っているので、
人の評価をいちいち気にしないのです。

「自分は自分」の精神です。

別の視点からでは、「覚悟」があるとも言えます。

そうなると純粋に、他者、周りの人を
助けたい・力になりたいと思うようになるのです。

 

しかしながらそうではないのに「自分は自分」
と言ってる人は、頭ではそう思っていても
心はプライドを守ろうとしているから、
気持ち的にだんだんと苦しくなってきて、
追い込まれてしまうのです。

 

ですから、本当の意味での「心の余裕」

でなければ意味がないのです。


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