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プライドの意味・概念とは―が高いと幸せの邪魔だから捨てるべき?

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プライドという言葉の意味と概念について。

これらを考えることは
人生をより生き易くするために
すごく重要なことであったりします。

 

プライドとは

プライドに対して、
もう持っていること自体が問題であり、
ないに越したことはないと考える人もいます。

実のところ、プライド自体は
良くもあり、悪くもあります。

これは、以前書いた神経質についての記事と
通じるところがあります。

人の性質には、
全て良い出方と悪い出方があるのです。

【参考】神経質な人の特徴―長所や短所とは。子供は病気じゃなくて正常

 

プライドとは

自分自身が

~という人間だと思われたくない
下に見られたくない
舐められたくない

という感情・情動のことです。

言い方を変えれば、

「このラインを下回る自分に対する評価はあってはならない」

という心理。

 

人は皆、大なり小なりのそういった
自分の最低評価ラインを持っています。

その最低評価ラインを下回る
評価をされたとあなたが感じたとき、
「プライドが傷付いた」となるのです。

実際に人がどういうつもりで言ったか
は関係ありません。

あなたが、どう感じたかです。

ですから、それは同じ言葉や
されたことであっても相手によって変わります。

この人には言われても良いけど、
この人には言われたくない。

とか。

例えば、あなたが10の能力がある
と思っている人に
「君はまだまだだな」と言われても、
あなたはまだ6か7くらいの能力だと
解釈することができます。

しかしもしあなたが4の能力しかない
と思っている人に同じことを言われたら、
あなたは自分が2くらいの能力である
と思えてしまいます。

そしてプライドが高い人というのは、
この最低評価ラインの基準が高いのです。

【参考】負けず嫌いな人の心理とは―長所なの?努力家でもわがままで嫌われる

 

プライドの最低評価ラインを下回った際の心理的反応

プライドの最低評価ラインを
下回った際の心理的反応というのは、
人によってどちらかに偏ります。

・自分がショックを受け、傷付く。

・誰かに怒りを覚える。

誰しもどちらも感じるのですが、
どちらの方の感じ方が強いのか、
という話です。

もう少し具体的にご説明します。

 

自分に厳しい人は、
自分で自分を評価しています。

ですから、人から何を言われるかというよりも
自分で自分に低い評価を下してしまって
プライドを傷付けているのです。

そういう人は自制をするタイプなので
大抵の場合は能力があって人からプライドを
傷付けられるようなことはあまりありません。

仮に傷付けられたとしても、
自分がちゃんとしないからだと考えます。

そうではなく、自分に甘く
自制があまりできないタイプは、
大抵の場合は人から悪口だとか
軽蔑の言葉を言われて、
傷付けられ、人に対して怒ります。

自分のせいだとは考えません。

 

重要なこととして、人を責める人よりは
自分を責める人の方が
社会的には認められますし
出世もするでしょうが、
結局ストレスという意味では
あまり関係がなかったりします。

どういうことかと言えば、
自分に厳しくプライドが高いタイプは、
当たり前ですが、その厳しさ故に
精神的な負担は圧倒的に大きいからです。

そうなるとどうなるかと言えば、
周りから見たら成功者として
上手く行ってるのに本人はやたらと
ストレスを抱えていて
精神的に限界であったりします。

 

これでは、幸せとは言えないですよね。

こうなってくると、やっぱり
プライドは邪魔にしかならないんじゃないか。

と感じる人はいるかも知れません。

 

プライドはほどほどに捨て、バランスを取るべき

まあここまでで何となく
私の言いたいことが伝わったかも知れませんが、
プライド自体は悪くはないのです。

「こんな自分ではいけない」
と自分に制約をし、
自制するからこそ努力ができ、
能力が伸び、出世もできるし
成功もできるのです。

もちろん、人に復讐をすることばかり
考えるのは全然意味がないですが、
プライドが傷付けられて
「あいつを見返してやろう」
と考えることも、自分を伸ばす
努力の原動力にはなりますよね。

プライドが低ければ、
「まあいいや」となってしまって
原動力がないため、
なかなか本気で努力する気が起こりません。

ああなりたいこうなりたいと思っても、
やはりプライドというガソリンが
あるかないかでは全然違ってきます。

ということで、異常なほど努力をする人は
確実に非常に高いプライドを持っているのです。

 

しかしだからといって
上手くいくとも限りません。

つまり、あまりにプライドが高いと
限界まで努力しても
最低評価ラインを超えない可能性があるのです。

こうなったら、もう精神が崩壊してしまいます。

だから、高過ぎるプライドは危険なのです。

 

しかし実は、このプライドの
原動力を危険なく、
上手く活用する方法はあるのです。

それは、許す心と感謝の心と
同時にプライドを持つことです。

つまりこれはどういうことかと言うと、
誰かに見下されて「くそ!」
と思うんだけど、
別に恨みとかあるわけではなく、
ただ純粋に「負けるわけにはいかない」
と競争心を燃やすことです。

ですから別に

相手を嫌ったり敵視するわけではない

ということです。

むしろ、

「私にガソリンを注いでくれてありがとう」

と感謝の気持ちを抱くのです。

これはけっこうハードルが
高いように思われるかも知れませんが、
人間は精神的に成長すると、
こういう心理状態がだんだんと
実現できるようになってくるのです。

この場合、プライドによって作られる
最低評価ラインというのが、
強力な自己目標に変わるのです。

つまり、たとえラインを下回ったとしても
憂鬱で不幸な気分になることなく、
耐えられるのです。

精神的成長の内容は、こちら記事にも繋がります。

【参考】アイデンティティークライシスとは、自己喪失・崩壊と再構築の時

 

もちろんこれも程度問題ですから
あまりにも高いところに
ラインを設定したら
精神的負担は掛かってきます。

精神的に成長すればするほど、
そのラインと自分の今の立ち位置の差が
大きくてもストレスではなくなってくる
ということです。

すると、大きなプライドを持てば持つほど
それがよりよく燃えるガソリンとなり、
より大きな原動力となるということです。

ただし、だからと言って
その目標が実現するかどうかは別問題なので、
だからこそ精神的に成長による覚悟が
必要だということですね。

あくまで、より大きな努力が
できるようになって、
自分の才能がより発揮されたりする
ということです。


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