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共感と同情の意味は違う?共感力とは集合知という概念

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「共感」という能力は、まさに
生物の神秘に迫るものであると思っています。

「共感」と「同情」の違いなどに触れながら
その辺り、取り上げていきたいと思います。

 

共感とは。同情との意味の違い

まず共感や同情等の人の感情や
心に関する言葉というのは
得てしてその定義が曖昧になりがちです。

つまり、こういった言葉の定義は
大抵ある種の条件付けが
必要になってくるのですが、
それを超抽象的・質素にすることによって、
かなり質の高い定義をすることは
可能になると思います。

 

共感とは、
「人の気持ちを同じように感じる能力」
一言でまとめるならば、
これが大抵の人の答え方ではないでしょうか。

 

しかしこの共感という概念は、
もっと意味を深く、
そして広げていくことが可能です。

ここで共感を最も深く、広い定義で表せば、
「自分以外の存在の心を感じる能力」
となります。

 

に対して同情という言葉。

これは、

「感情に対して同調すること」

となります。

ここで同情の「同」は=共感の「共」
と定義することができ、
つまり同情の「情」と共感の「感」の違いが、
そのままこの二つの言葉の違いになります。

 

さらにここから、「情」と「感」の、
内包される概念的潜在性の違い
というのがおわかりになると思います。

「情(感情)」は「感(感覚)」に含まれます。

何故なら、「感情」は「感覚」
の一種と言えるからです。

結論として、「共感」と「同情」
の意味は違うと言えます。

 

しかしこれは、
理詰めにしたケースなので、
ちょっと視点を変えると
また違う答えになります。

この辺は、完全に哲学的領域になって
同時に迷宮入りするので
これ以上は入り込みませんが 笑

【参考】抽象度という言葉の意味や概念とは―上げるのは非常に重要

 

共感力と集合知という概念

最高に深い定義で考えた場合、
「共感」という言葉は、自分の
究極的な意識として在り方のことであり
どこまでも意味を広げていくことができるのです。

前述した
「自分以外の存在の心を感じる能力」
というのは、

何も人間に限った話ではありません。

 

これは動物について
考えてみるとわかるのですが、
彼らは知能が人間ほど高くないのに
例えばライオンが狩りにおいて
私たちでも思い付かないような
効率的な連携プレーをしたりします。

あるいは、身近なところだと
蜂や蟻は完全に組織化されて、
自分が生まれながらに与えられた
役割・使命を理解しただただ全うします。

その巣の構造も、完全に
理に適った造りになっています。

大抵の人はこういう感覚は本能だ
と言って片付けてしまうのですが、
だったらその本能は一体
どこから来たのでしょうか。

 

彼ら動物たちは
集合知(集合的無意識)で動いている、
というのが一つの心理学/哲学的な考え方です。

この集合知というのは究極的には
全宇宙共通の意識であり、
この世の摂理・原理原則と呼べるものです。

 

つまり、冒頭でお話した

生物の神秘に迫るもの

という話になってきます。

人間は理性があり、
そして我があるばっかりに、
それによってこの集合知的な感覚が
働かなくなってしまっているのです。

 

と、言っている人が世の中には
多数いて、私もその考えに賛同しています。

逆に言えば、この集合知的な感覚というのは、
我を取り除くことによって
感じることができるのです。

要するに、どこまで心が純粋であるかが、
その人の究極的な意味での共感力に比例するのです。

 

ちなみに、悪いことをする人にも
とてつもないカリスマがある場合があって、
あれはある意味すごい共感力がありますが
あれも、一種の集合知的な感覚があるとも言えます。

純粋に、「ありのままの自分」
を曝け出していて迷いがないのです。

まあ普通だったら、
あまりにもとんでもない悪が純粋な自分
なんてことはないはずなのですがw

 

かなり抽象的な話なので、
信じる信じないはあなたの判断にお任せします 笑


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