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社交辞令が嫌いな人の理由とは―真に受ける人が見分けるには

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人間関係を築き、上手く社会を渡っていくためには、社交辞令はかなり重要な意味を持ってきます。

ですが、この社交辞令を好ましく思わない人も多いのは事実です。

それは何故なのでしょうか。

ここでは、社交辞令とは一体どんなものなのかについて取り上げてみたいと思います。

 

社交辞令とは何か

社交辞令とは簡潔に言えば、人間関係を円滑にするために本当はダメだと思っていても褒めてみたり、本当はしたくないのに挨拶をしたりすることです。

人というのは、褒められたり挨拶をされたりしたら大概嬉しいですし、良い気分になります。そして自分のことを喜ばせたり、良い気分にしてくれた相手に対しては好意を抱くようになります。

さらに人は好意を抱いている相手には寛大になるので、多少の失敗であったり、言動の問題等は目を瞑ってくれるようになります。これがまさに、社交辞令をすることを大きなメリットと言えるでしょう。

 

逆に社交辞令をせず、全て自分の気持ちを正直に言っていたら大変です。

不細工だと思う人に「あなた不細工ですね」とか、テストで点数が悪い人に対して「あなたは頭が悪いですね」言ったりしたら絶対に嫌われますよね。

自分が嫌いな相手だからといって、出会っても挨拶をしないようにしていれば、相手も自分に対しての印象が悪くなり、嫌いになるでしょう。

ですから、社交辞令は社会で上手くやっていくためには必須なのです。

 

社交辞令が嫌いな人の理由

しかしながら、そんな非常に重要なスキルである社交辞令を嫌いだと言う人も、決して少なくありません。

その理由は、社交辞令には打算的な考えが見えるからです。

相手を褒めたり、良い言葉を並べておけば人から好かれるだろう。

人から好かれれば人間関係も円滑になるし、自分の立場もより良くなっていくだろう。

といった具合に、相手のためではなくて自分の利益のために相手に好かれるような言葉を選び、行動を取る。

そのために本心ではない上辺だけの言葉を並べるので、自分が欺かれているような気分になるわけです。

 

良い社交辞令

ただ、もちろん別に社交辞令だからといって全てがただ打算的なだけではありません。

なぜなら、それがたとえ嘘であっても、大抵の人は褒められたり挨拶をされれば嬉しいし、気持ちが良いからです。

であれば、相手が気持ち良く感じることをするのは、それがたとえ打算的な気持ちが多少あったとしても決して悪いこととは限らないですよね。捉え方によっては思いやりとも言えます。

 

ただし、極端に言い過ぎるのは問題です。

例を挙げると、

不細工だと感じる人に「あなた凄い美人ですね」

とか、

テストで0点を取った人に対して「あなたは本当は頭が良いですからね」

といった具合です。

 

極端に言い過ぎるから、相手は自分の言葉を打算的と取り、逆に悪い印象を抱くのです。

もちろん、極端であってもそれ相応の根拠がしっかりとあって理由を説明できるなら別ですが、説明できないとしたらそれはただの打算的な社交辞令と取られても仕方ありません。

つまり、社交辞令には「評価を盛って良い範囲」というものがあるのです。

ただし、その「評価を盛って良い範囲」は相手によって違ってくるので、相手が盛られることに対してそれを欺きと捉え嫌悪感を抱くタイプであった場合、少しの盛りでも悪い印象を与えることにもなります。とはいえ、これがまた敏感過ぎる人は心が繊細過ぎるので、何を言っても悪い印象になってしまって非常に付き合い辛いのですが(笑)

 

真に受ける人が見分けるには

ですから逆に社交辞令を受ける側としては、社交辞令自体は必ずしも悪いものではありません。

大切なのはそれを社交辞令であると理解して捉えること、つまり「見極め」なのです。

特に全ての社交辞令を真に受けてしまうと、全く現実が見えなくなってしまいます。

 

ですが、これは意外と非常に難しいことではあります。何故なら社交辞令であるかそうでないかは、客観的な基準ではなく発言する本人の意図になるからです。

たとえば、客観的に見た場合の評価よりも不自然に高い評価をされたとしても、それがその発言者の正直な評価であったとしたら、それは社交辞令にはなりません。

ですから、見極めと一言で言っても、それは

① 客観的な評価との乖離を指すのか

それとも

② その発言者の意図のことを指すのか

で分かれます。

なので一つの重要な視点と言えるのは、この二つを出来る限り抑えることです。

つまり、

①については、自分に対して客観的な評価基準を持つこと。

②については、その発言者の心を理解すること。

これらが完璧にできれば、社交辞令を見極めることができ、一々振り回されることはありません。

 

とはいえもちろん、客観的に自分を見つめることも、発言者の心を理解することもどちらも大変難しいことなのは間違いないので、誰も完璧にはできません。

なので、あくまで「どれだけ見極めができるか」という問題になります。

それでも、それらをちゃんと意識すればある程度の基準にはなりますし、何でも鵜呑みにしてしまうということはなくなるはずです。

①であれば、自分の評価と大きく離れた発言は社交辞令と考えられるし、②であれば「他の言動に明らかな問題がある」と感じる人物なら十分な疑う理由がありますからね。

ですから、まずはこの二つの視点で考えるようにしてみたら如何かと思います。

もっとも、見極めの上手い人は無意識にこれらの視点で判断をしていますけどね。

 


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