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栗山英樹監督は俺のせいの一点張りだがその心理は。仕事はできる社員?

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プロ野球球団の一つである日本ハムファイターズが、最近恐ろしいほどに負けが込んでいます。

そんな中、監督の栗山英樹さんはそのチームの現状に対して報道陣に対し、

口を開けば

「俺のせい」

「俺の責任」

「俺が悪い」

と、チームが勝てない責任を一手に引き受けようとしています。

これは一見するとかなり責任感があって立派なことのようにも見受けられるかも知れませんが、実際のところはそうとも言い切れない見方もあるのです。

というわけで、今回は栗山監督の俺のせい発言について、その心理と実際どうなのかについて迫ってみたいと思います。

 

責任を取ろうとする姿勢は大切

チーム等の組織において、うまくいかない現状の責任を自分が背負おうとする。

これ自体は非常に尊く、素晴らしいことです。

責められるのを恐れて何とか自分以外に責任を押し付けたり、あるいは自分の責任を逃れるための良い訳を一生懸命考えてそれを主張する人は非常に多いのですが、これは非常にカッコ悪く、情けないことですよね。周囲からは「弱い人だな」と思われてしまいます。

逆に、むしろ自分の責任ではないような状況であっても「俺の責任」として自分が前に立つ人というのは、すごく勇敢で強い人間に見えます。

ですから、こういったタイプの人が「理想のリーダー」と言われることもあります。

 

言い過ぎると逆効果

栗山監督も責任を一手に引き受け、選手の前に立ち、庇い、守るというまさに世間で言われるところの理想のリーダー像に当て嵌まるような人物で、監督としても大変高い評価を受けていました。

が、最近は少し極端になっているような節があります。

試合後の敗戦コメントでは決まって

「俺のせい」「俺が悪い」

いくら責任を被ろうとする姿勢が理想のリーダーの型であるとはいえ、こうも一点張りではあざとく感じられたり、開き直っていたり思考停止状態なのではないかと思われたりします。

つまり、本来「俺のせい」と言うのは自分が責任を全て被る覚悟がある場合や、組織の他のメンバーを守ろうという姿勢である場合になるのですが、フレーズを乱用することによって本来感じられるはずの素晴らしさが損なわれてしまっているのです。

 

栗山監督の考え方と心理

もちろん、「何があっても俺が責任を取る」「お前たちを絶対に守る」という気持ちからきているのであればそれは「愛」とも言えます。

栗山監督はとにかく「愛の人」なので、選手を本気で信頼し支え、それによって本来その選手個々が持っている力を最大限に発揮してもらおうというスタンスです。

だからこそ、どんなに悪くても選手個々を責めるのではなく、自分が責任を背負おうとするのです。

実際、栗山監督はこれまでその考え方で成功して来られた方ですし、これはこれで全く間違いではないと思います。

 

責任を全て引き受けることが部下への愛の形とは限らない

しかしながら、それは状況に依るところもあるでしょう。

今散々なチーム状況の中で、酷い成績であったり、ミスを連発する選手たちがたくさんいます。

その選手たちがもし栗山監督の「俺のせい」という言葉で救われた気分になるのではなくて安心し、それに甘んじてしまったとしたら。

その場合は選手たち本人にとっても決して良くないと思います。自分たちの成長に繋がりませんからね。

ですから、ときには責任を感じてもらうような発言をした方が良い場面もあるはずなのです。

 

それに前述の内容と被りますが、発言の頻度が高過ぎることで選手たちはあまり愛を感じ難くなってしまいます。

「こうやって言っておけば愛を感じてくれるだろう」といった打算的な気持ちで言っているのではないか、という捉え方をするようになるからです。

なので個人的には、現在の栗山英樹監督の「俺のせい」発言連発はあまり良い行動ではないような気がしています。

 

ただとはいえ、それこそが栗山英樹という人間の価値観であり、生き方であることを考えると、仕方ないのかな、という気がする面もあります。

実際、栗山監督自身は

「どんな状況になっても、変わらず愛と信頼を貫き通すんだ」

という気持ちでいると思いますからね。

これほどまでに自分の信念を確立している人はなかなかいないと思います。

 

仕事ではできる人?

ちなみにですが、積極的に責任を背負おうとする人が尊敬されたりして一目置かれるのはもちろんリーダーに限りません。

しかしながら、一つ大きな懸念事項があります。

それは自分の責任と言い切れないような微妙な事柄も、無理に背負ってしまうことです。

責任が発生するというのは、要するに自分の過失を認めるわけです。

これはある意味、自分の能力と実力が不足していると告白するのと同じことです。

つまり責任を背負うことで周囲から責められるばかりではなく、基本的には自分に対しての仕事上の評価も下がるのです。

そう考えると、何とか自分のせいではないような言い分を考えたりして責任逃れをしようとする人の気持ちも理解できますし、必ずしも間違いではないように思えてきますよね。

実際、その視点は大切です。

結局のところ、事情を良く知らない人や物事を上っ面でしか判断できない人からしてみたら責められている人が失敗した人であって、駄目な人、無能な人、となってしまう傾向は非常に強いのです。

 

「それなら、むしろ責任逃れを積極的にした方が良いんじゃ・・・・」

と考えた方。

残念ですが、大成するのは難しいと思いますよ(笑)

本当に自信があって能力のある人は、必ず積極的に責任を取ろうとしますからね。

せめて、自分の責任くらいは堂々と認めるようにしましょう。

 

最後に

そもそも現状日ハムは悲惨なことになっていますし最近の栗山監督は色々あって問題視されているので、何を言ったところで批判される可能性は高いと思います。

つまり、栗山監督の対応が本当に悪いかどうかは、まだ判断をつけ辛いところがあるのです。

どんなチームだって調子の悪いときはありますからね。

それがたまたまドツボに嵌っているのかも知れません。

その答えが出るのは、今シーズンが終わってからではないでしょうか。

もしこのまま何の風も起こすことなく下位に低迷したままで終わってしまうのであれば、やはり選手たちに愛が伝わっていなかったということになるだろうと思います。

その場合は、栗山監督も「愛とは何なのか」についてさらに深く学ばれることになるのではないでしょうか。

 


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